2013年7月8日月曜日

中国「影の銀行」の正体: 独裁体制を揺さぶる 地域崩壊の恐れ

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DIAMOND ONLINE 2013年7月4日 山田厚史 [ジャーナリスト 元朝日新聞編集委員]
http://diamond.jp/articles/-/38332

中国にはびこる「影の銀行」の正体
地域崩壊の恐れが独裁体制を揺さぶる 

中国の金融市場に不穏な空気が漂っている。
 銀行間取引に資金が流れにくくなり、短期金利が跳ね上がった。
 信用不安の広がりを恐れる中国人民銀行は、流動性の供給に全力を挙げている。
 波乱の背景に「影の銀行」の存在が指摘される。
 闇金融ではあるが庶民の暮らしに直結している。崩壊すれば地域に深刻な打撃を与え、共産党独裁体制の基盤を揺るがしかねない。
 「影の銀行」とは何か。
 その実態を報告する。

■中国のユダヤ人

  「影の銀行」とは、政府が認可した銀行ではなく、
 地域の有力者がカネを出し合ってつくった金融機関のことである。
 中央銀行である人民銀行の管理の外にありながら、暮らしに寄り添った「闇の銀行」だ。
 まず、そのひとつの例を紹介する。

  「中国のユダヤ人」といわれる人たちがいる。
 ユダヤ教徒の中国人のことではない。
 浙河省・温州に根を張る商人たちだ。
 交通不便な荒れ地に住む人々で、古来から行商や出稼ぎで故郷を離れ、各地に培った人脈と勤勉を頼りに生計を立ててきた。
 そして市場経済の荒波が温州商人に蓄財の幸運をもたらした。

 中国各地で沸き立つ不動産ブームで、背後に動く温州商人の存在が話題になった。
 値上がりを見越し青田買いし、転売する。高度成長と不動産の値上がりが温州マネーを急膨張させた。
 利を追い求める資金をかき集め、巧みに運用する「闇の金融機関」が温州に乱立したのである。

 中国人民銀行は2005年、温州の金融事情に関する報告書をまとめた。
 「金融資産は約3000億元。
 国有銀行の手が届かない産業社会の毛細血管にヤミの資金が流れ、一定の役割を果たしている」
と評価した。

 中国の金融システムは、国営銀行が担っている。
 4大銀行と呼ばれる官民一体の巨大組織は日本でいえば都銀で、中小企業や個人へのきめ細かなサービスとは程遠い。
 省や市が管轄する銀行もあるが、地方権力とつながりお役所的で、庶民に顔を向けた営業にはなりにくい。

 闇銀行は、自営業者が相互にカネを融通しあう庶民金融として生まれ、資金を預かり企業家を支援するマイクロ金融に源流がある。
 急激な経済膨張を追い風に、資金は膨らみ、やがて不動産ブームに乗って「投資銀行」となった。

■闇の銀行を訪ねると

 人民銀行の報告書が出た年、温州を取材した。
 地元の企業家が共同で経営する闇銀行のひとつを訪ねると、応接室に高層ビル街の模型が展示されていた。こ
 れから売り出す不動産物件だった。
 30階建のビルが10棟並び、上層階は1戸1000万元(当時で1億3000万円)を超えていた。

  「こんな地方都市で超高級マンションを買う人はいるのですか
と尋ねると
 「不動産に投資する金持ちはいくらでもいる。
 高いほど売れる」
と、担当者は答えた。

 銀行なのか投資組合なのか分からないが、預金を集め、地元企業に融資し、地元の支持を集めていた。
 中心になっていた経営者は、農民上がりで、靴職人になってモノ不足の時代に行商で売り歩き、年間1700万足を生産する靴メーカーに成り上がっていた。
 仲間と組んで金融に乗り出し、投資先は不動産に留まらず、エネルギーやハイテクまで広がった。
 人脈を通じて国家や地方政府と組んで投資をしている、と言っていた。

 こうした発生形態はイギリスやオランダで起こったマーチャントバンクとよく似ている。
  冒険的商人がリスクに挑戦し、投資を広く求め事業を拡大し、ビジネスを制度化させた金融史をなぞるような話だった。

 広大な中国は、香港や上海で先端的な金融取引が行われている一方で、地方では銀行や証券会社の源流のような原始的金融が幅を利かせている。
 リスク管理も当局の監視もないまま、膨張経済がもたらす巨額の資金が、闇の市場に音を立てて流れ込んでいるのだ。

 温州は一つの例に過ぎない。
 同様の動きは全土で起きている、といわれる。
 中国の人々は政府を信用しない、とよく言われる。
 権力をめぐる動乱で傷つくのはいつも庶民だった。
 頼りになるのは家族・友人。
 権力より人の絆を大事にする。
 そしてイザという時頼りになるのはカネや貴金属だ。

 カネをどこに預けるか。国家の信用より、顔の見える関係が重視される。
 地縁血縁に成り立つ「闇の金融」が毛細血管となって、地域を発展させてきたのは温州だけではない。

 日本の無尽講のような庶民金融が、やがて融資業務を担い、同時に預金を集め、融資だけでなく投資まで行うようになった。

背景には年率二ケタの経済成長と不動産バブルがあった。

■政策あれば対策あり

 もう一例、闇の銀行を挙げよう。
 台湾での経験である。
 台北の繁華街にある宝飾店。
 店員に導かれ奥に案内されると突き当たりの壁が開いた。
 階段があり降りてゆくと銀行があった。
 カウンターがあり、頑丈な鉄の格子越しに現金をやり取りしていた。
 融資もするがおもな業務は大陸への送金だった。
 中台間の経済融和は進み、為替取引も緩和されたが、中国は厳格な金融統制を敷いている。
 国内経済をかく乱されないためで、国境を越える資金取引はチェックされる。

  「政策あれば対策あり」という言葉が流布するお国柄である。
 規制があれば抜け道もある。
 沸騰する中国経済をめがけ投機資金が「地下銀行」を通じて流入していた。
 このシステムはもともと蒋介石の国民党政権が本土への工作資金を流すルートだった。
 それが大陸の親類縁者に仕送りする用途へと広がり、闇資金の地下道へと進化した。

2000年代に入って中国が急成長した背景には、急激なマネー膨張がある。
 世界から投資が集まるだけでなく、投機資金が様々なルートから流れ込んだ。
 大口は香港である。
 米国・日本を核にした世界的な金融の超緩和で増殖したマネーが、回り回って中国のバブルを膨らませた、ともいえる。

 毛沢東時代、中国の金融は、財政の下請けの「出納」でしかなかった。
 利潤動機でカネを回す、という制度も発想もなかった。
 鄧小平が主導した体制転換によって中国が金融の体裁を整えたのは21世紀になってからである。
 資本主義に学び一足飛びに金融システムを整えたが、制度の普及を待つことなく地域では自然発生的な金融が芽生え、官制金融を補完するサブシステムとして機能したのである。

 中国人民銀行は内部でこの動きを肯定的に評価し「正規の金融機関への昇格」を検討したふしもある。
 「温州は民間金融機関を創設する実験区」
と語る関係者もいた。

 戦後の日本は無尽講を相互銀行に昇格させ正規の金融システムに組み込んだが、中国では影の銀行が大挙して表舞台に立つことはなかった。
  地方権力と癒着する官制銀行が反対した、影の銀行が規制を嫌い消極的だった、などと言われるが、詳しいことは分からない。
 結局、当局が実態を把握できないまま、膨れ上がった闇の資金は経済の調整局面に遭遇した。

■ずさんな投融資の末路

 右肩上がりの時は、リスクを度外視した投資は大もうけをもたらすが、成長が減速すると、ずさんな投融資の末路である不良債権が表面化する。
 市場経済はその景気循環によって適者生存を強いるシステムである。

影の金融システムが崩壊すると、それは表のシステムまで揺るがすことになる。
 闇銀行が保有する金融資産はどれほどあるのか。
 人民銀行は必死で調査していると思う。

 2005年時点、温州だけで3000億元あった。
 その後の成長を考えれば1兆元(15兆円)近い数字になっていてもおかしくない。
 世界的金融緩和で流入する投機資金を加え、
 大陸全土で集計すれば、相当な金額になるだろう。

 金融緩和が長く続くと
 「どこかで何かが、大変なことになっている」
というのが歴史的教訓である。
 緩和のまっただ中いる時は気付かない。
 好景気に酔い、深刻に考えずにやり過ごしてきた厄介事が、経済の減速で一気に噴き出るのである。

  「影の銀行システム」という言葉が世界的に話題になったのは、リーマンショックの後だった。
 米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の監督外にあった投資銀行やヘッジファンドが手を染めた投機的ビジネスが、表の金融ビジネスである銀行業務まで破壊したことを、自戒を込めて語った言葉である。

 返済が危ぶまれる低所得者向けの住宅ローン(サブプライムローン)を信用格付け最高位のトリプルAにして売り出すという詐欺まがいの商売がまかり通っていた。
 銀行から影の銀行システムに流れ出たカネが、金融バブルの崩壊で米国を奈落の底に引きずり込んだ。

カネがじゃぶじゃぶに出回ると余剰資金は投機に向かう。
 中国で身近な企業を応援することから始まったマイクロ金融が、資金の膨張と共に濡れ手に粟の投機へと向かったのは金融緩和のなせる業である。

 日本にも「影の銀行システム」があった。
 バブル経済のころ、銀行が系列に置いた「ノンバンク」である。
 表向きはリースや不動産管理会社だが、銀行からカネを借りて投機資金を用立てた。
 大企業も財テクと称して銀行からカネを借りて、系列ノンバンクを使って不動産や株に投資した。

 銀行には当局の規制がかかり、リスク管理がチェックされる。
 儲け話に対応するハイリスクの取引はノンバンクに回した。
 その上、銀行が抱えた不良債権を系列ノンバンクなどに移し、帳簿面を取り繕った。
 検査・監督はシリ抜けになり、儲けだけが評価の対象になり、やがて金融崩壊の道をたどった。

 金融制度が整っているはずの日本や米国で起きたことが、金融途上国でありながら資金が唸っている中国で起きないはずはない。

■負の遺産は地域経済の底流に

 現実に、温州で建設された高層ビル街は後に空室だらけになった。
 それでも経済が成長している時は、持ちこたえられる。
 不良債権でも「追い貸し」と呼ばれる追加融資を受けながら損失を先送りできる。

 世界経済の暗転で中国はもはや二ケタ成長が難しくなった。
 一人っ子世代が30代になり、無尽蔵と見られた労働力の供給にも限界が見え始めている。
 人件費の高騰で海外投資も勢いを失っている。
 その一方で深刻な貧富の差や公務員の汚職体質に人々の目が向かう。

 中国政府は「影の銀行システム」の存続に必死になっている、といわれる。
 崩壊の影響を恐れるからだ。
 党や政府に責任はない闇の業務ではあるが、庶民の暮らしと直結している。
 預金を集め、地域の中小企業を支える
 民間金融が崩壊したら、怒りは政府・共産党に向かうだろう。

習近平政権の命綱は「安定した経済」である。
 その足元で短期金利が上昇している。
 信用不安の現れである。
 危ない銀行に貸せない、という不安心理が起きている。
 人民銀行は必要な資金はいつでも借りられるように金融市場の資金を供給している。

 だが、アジア危機がそうだったように、危なくなると投機資金は我先に逃げ出すこともある。
 政権に対する怒りに火を放つのは、経済の波乱だろう。
 李克強首相は、影の銀行を当局の管理に移しながら、時間をかけて焦げ付きの処理に当たる方針といわれる。

 長期に及んだ中国バブルの負の遺産は地域経済の底流に溜まっている。
 体制への不満が充満する中で危うい局面である。
 リスク管理がないまま突き進んできた投機経済が調整に曝される時、どんな政治的波乱が起こるのだろうか。