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JB Press 2013.07.16(火) 姫田 小夏
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38220
世界の流れに逆行する日本企業の対中投資
巨大市場にまだまだ未練あり?
ある日本人ビジネスマンからこんな話を聞いた。
「中国は景気が悪いというが、メディアが騒ぐほどウチの企業は悪くない。
むしろ、底打ち感を感じている。
下期以降は持ち直してくるだろう」
あまり明るい話を聞かない日本企業の中国ビジネスだが、一部の工作機械メーカーなどはそれなりの手応えを感じている。
労働力不足の中国では工場の自動化が急ピッチで進められており、彼らにとっては「これからが稼ぎ時」のようである。
また、こんな声もある。
「(2012年9月の)反日デモ以降、弊社の現地法人のある市政府は、まめにケアしてくれるようになった」(江蘇省丹陽市の自動車部品メーカー)
「瀋陽市では反日デモ直後、副市長が日本の現地法人を訪問し、『何かあれば守りますから』とメッセージを残した」(瀋陽市の日系コンサルティング企業)
フットワークの鈍い中国の地方政府が、反日デモ以来、一転して面倒見が良くなったというわけである。
心証悪化を必死で挽回しようとする地方政府のあわてぶりが見て取れる。
昨今は高齢者介護という新しいビジネスも動き出している。ハード、ソフトともに日本企業への期待は高い。
だがその一方で、ヤマダ電機が2013年5月末に南京市の店舗を閉鎖し、伊勢丹は6月に瀋陽市の店舗撤退を発表した。
故・田中角栄氏の「手ぬぐい8億本」(日中国交正常化の際に発言した「中国国民全員が手ぬぐいを買えば8億本売れる」)ではないが、単に人口だけを見れば、中国は確かに巨大市場である。だが、中国国民の財布のヒモは想像以上に固い。
手元の資金は貯蓄に回し、なかなか購買に結びつけることはない。
13億人の巨大市場が幻想であることは、進出して初めて分かるのだ。
このように日本企業の中国ビジネス環境はまだら模様だ。
「反日」や「景気減速」などの言葉で一括りにすることはできない。
業種やターゲット、あるいは、進出する地域によって事情は様々だ。
■それでも増える日本の対中投資
他方、世界が中国投資を減速させる中で、日本の投資額がなぜか増加するという不思議な現象が起きている。
「日本企業は中国に対してのみ投資を増やしたわけではない」(日本貿易振興機構)という指摘もあるが、中国商務部によれば、2013年1~5月の日本企業が行った対中直接投資は34億500万ドルで、前年比5.4%増となった。
伸び率こそ減速したが、4年前の2009年と比較すると倍増である。
つまり、現時点では日本企業の中国への関心は薄れてはいないと言ってよい。
筆者はこの6月、いまとなっては珍しい対中投資誘致セミナーに出席したのだが、会場はガラガラなのではないかという予想に反し、100を超す席の8割以上が埋められていた。
昨今は楽観的なコメントさえも聞こえてくるようになった。
「相変わらず、中国での通関の嫌がらせはある。だが、それはほんの“ちょっかい程度”に過ぎない」
と中堅商社の幹部は話す。
また、在日の中国人ビジネスマンは1960年代の中ソ対立を例に取り、日中関係の悪化を「あれに比べれば、まだましだ」と語る。
「あのとき、ソ連との交流は全面的に遮断された。
一方、中日間の経済関係はまだ続いている。
中国政府はその気になればすべてを遮断するが、そこまでやっていない。
日本からの投資を重視しているからだ」
前述した投資誘致セミナーもそれを物語る。あれほど日本企業を追い詰めておいて、「いまさら」の感はなきにしもあらずだが、中国の地方財政は相当切羽詰まっている。
表面では緊張を煽りながらも水面下では日本からの投資をあてにしている。外交も面子も譲れないが、完全にコックを閉めるわけにはいかないのだ。
■中国人は中国の将来を有望視しているのか
さて、ここで角度を変えて、
当の中国人は「中国の将来を有望視しているのか」
について考えてみたい。
2012年8月、ロンドン五輪の盛り上がりをよそに、日中間には尖閣諸島の領有をめぐる不穏な空気が立ちこめていた。
反日デモの発生に先立つことおよそ1カ月前、中国のある掲示板サイトにこんなスレッドが立った。
「もし釣魚島(尖閣諸島)で子どもが生まれたら、あなたはどの国籍(ママ)を選びますか?
(1).日本、
(2).台湾、
(3).香港、
(4).内地(中国)」
この質問に、ネットユーザーはどんな回答を返してきたのだろうか。
「中国」と答える書き込みで、あっと言う間にあふれかえるはずだと筆者は予測した。
しかし、質問には誰も答えようとしなかった。
シーンと静まりかえった書き込みサイトに
「なんで誰も答えないの?」と不思議がるスレ主。
コメントが現れたのはようやく2日が過ぎてからのことだった。
打ち込まれたのは
「アメリカ」という中国語だったが、それはスレ主が設定した選択肢にない回答だった。
■祖国への信用をなくしつつある中国人
ネットユーザーの沈黙の理由は推察がつく。
中国籍で育てれば、我が子が幸せになるのだろうか。
中華人民共和国の“明るい未来”に、我が子の将来を託していいのだろうか。
そんな逡巡があったのではないか。
オギャアと生まれたその瞬間から、闘いは始まる。
この国には安全な粉ミルクすらないのだ。吸い込む空気はPM2.5で汚染され、水道をひねれば怪しい水が流れ出る。
助け合い精神を忘れた世間はますます世知辛い。
我が子を育てるのに理想の環境だとは、とても言い難い。
しかし、選択肢の中で香港や台湾を選ぶとなると、それはそれで“大陸人”にとって肩身が狭いのかもしれない。
ましてや「日本」などと回答してしまえば、時節柄「売国奴!」などと攻撃されることは目に見えている。
だからこそ、この沈黙なのだろう。
最近、中国経済の崩壊が取り沙汰されているが、それ以前に筆者は、
中国国民の“祖国に対する信用”が崩壊している
ことに危機感を感じている。
「資金と機会があれば海外移住したい」と切望する中国人は決して少数ではない。
上海では、留学によって子どもを出国させる傾向が高まっている。
「おかげで上海の大学の競争率は下がった」。
最近はそんな話題も耳にする。
中国から出ていこうとするのはヒトばかりではない。
カネもまた中国から逃避しようとしている。
例えば、世界の対中進出企業数について、過去3年(1~5月比)を振り返ると、
★.2011年の1万543社をピークに、
★.2012年は前年同期比12.61%減の9261社、
★.2013年は前年同期比7.04%減の8609社
と、年々その数を減らしていることが分かる。
一方、UNCTAD(国際連合貿易開発会議)が6月26日に発表した2013年版の世界投資報告書によれば、
2012年の中国の対外投資額が2011年の世界第6位から3位に上昇した。
中国では、海外投資戦略を意味する「走出去」と呼ばれる政策が1999年以来続いているが、2007年は265億ドルに過ぎなかった対外投資が、842億ドルにまで伸びた。わずか5年で3倍強である。
■逆行する日本企業の動き
こうした動きがあるにもかかわらず、日本企業は中国依存から抜け出すことができないでいる。
中国ビジネス二十数年というベテランコンサルタントH氏もまた不安の色を隠さない。
「多くの中国企業が海外に会社を作って、資金を中国から避難させようとしている。
明らかに中国からカネが出ていく流れなのに日本は中国に資金を投じている。
逆行しているのではないだろうか」
帝国データバンクの調べでは、中国に進出する日本企業は1万4394社(2012年8月末)。
「これまで日本の企業は『赤信号、みんなで渡れば怖くない』とばかりに対中進出を繰り返した」と、H氏は強調する。
そんな中途半端で脇が甘い進出でビジネスがうまくいくものかどうかは大いに疑問である。
しかも、日本企業にとってのビジネス環境は、2012年9月以来大きく様変わりした。
昨今は中国経済崩壊論がささやかれているが、まったく根も葉もないものとは言えない。
それでも今、対中進出する企業は、よほどの勝算があってのことなのだろう。
あるいは、外資の流失にあわてた地方政府にうまく言いくるめられたのかもしれない。
たかが中国、されど中国――、あれほど煮え湯を飲まされながらも、やはりそこには相当の未練が残るようだ。ビクビクしながらも大胆に“逆行”する日本企業、この不思議な現象を引き続きウォッチしてみたい。
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[減速する成長、そして増強される軍備]
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