●ますだ えつすけ 1949年東京都生まれ。
一橋大学大学院経済学研究科修了後、ジョンズ・ホプキンス大学大学院で歴史学・経済学の博士課程修了。ニューヨーク州立大学助教授を経て、外資系証券会社で建設・住宅・不動産担当アナリストをつとめ、現在は株式会社ジパング経営戦略本部シニアアナリスト
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東洋経済online 2013年07月13日
http://toyokeizai.net/articles/-/15428
アベノミクスに騙されるな,デフレが日本救う
異色のエコノミスト・増田悦佐氏に聞く(上)
「
5月23日に日経平均株価が1143円の大暴落を演じて以降、日本の株式市場の景色は一変した。
アベノミクスへの期待感は剥げ落ち、株価は今なお、日本経済の本当の実力を測りかねているかのようだ。
一方、この間、中国のシャドーバンキング(影の銀行=銀行を介さない金融取引)問題が浮上するなど、外部環境は激変しつつある。
中国は景気減速感も強まり、シャドーバンキングによる金融バブルが崩壊すれば、世界経済や株式市場に与える影響は、米国のサブプライムローン問題やリーマンショックに匹敵するとの見方さえ出ている。
従来から自身の著書などで、アベノミクスやリフレ政策を批判し続けてきたほか、このほど『中国自壊――賢すぎる支配者の悲劇』(東洋経済新報社)を刊行するなど、中国情勢にも詳しい異色エコノミストの増田悦佐氏に、アベノミクスの今後と株式相場の見通し、中国のシャドーバンキング問題の行方などについて聞いた。
」
――増田さんは、インフレと円安誘導を目指すアベノミクスを一貫して批判し、円高とデフレこそ日本にとって望ましいと主張しています。
日本ではかれこれ17~18年もの間、デフレが続いている。
だから日本はダメだ、一刻も早くデフレを克服しなければいけない、と主張する経済学者や知識人は多い。
しかし、私は緩やかなデフレが続いている日本ほどいい国はないと思っている。
デフレで名目賃金は下がっているが、(物価下落を考慮した)実質賃金はむしろ若干上がっている。
インフレの世の中というのは、おカネを借りられるような信用力の高い人が、おカネを借りれば借りるほどトクをする。
インフレが続けば、借りたおカネの価値はそれだけ下がり、負担が小さくなっていくからだ。
デフレはその逆で、おカネを借りない方がいい。
インフレのときは、自由におカネが借りられるのは政府や一流企業、金融機関のほか、個人でいえば一部の金持ちに限られ、多くの庶民は自由におカネを借りられるわけではない。
つまり、
インフレというのは、一部の人たちと多くの庶民とで優劣が分かれてしまう社会をもたらす
のだ。
たとえば、アメリカは政策的にインフレを目指してきた国だ。
その結果、(貧富の格差を示す)ジニ係数は日本よりかなり高く、主要国ではブラジルに次いで、中国と並ぶ高水準にある。
一部の金持ちへの富の集中はすさまじく、最新のデータによれば、所得上位1%の取り分が2割近くと、主要国でダントツとなっている。
一方で、ファストフード業界やレストラン・バー業界などで働く低賃金の人たちは増えている。
また、インフレによって、医療サービスの価格や大学の授業料は値上がりしている。
日本は人為的にインフレを起こして、こういう一部の選ばれた人だけがトクをする社会にしたいのだろうか。
――インフレを目指すリフレ派の考え方では、異次元の金融緩和で為替を円安に誘導することも、物価上昇をもたらすために重要とされています。
円安でインフレを招くというのは、バカげた考えだ。
円安で輸入物価は上昇するが、それでトクをするのは、便乗値上げをできる業者に限られる。
昨年秋からの円安進行で、たしかに輸入物価は上がっている。
でも、過半数の業者は価格転嫁(値上げ)ができていない。
円安の結果、輸出が増えるという見方もあるが、実際はそれほど増えていない。
昨年11月以降、対ドルで円は約25%下落し、他通貨に対してもおおむね10~15%下落している。
ところが、円換算の輸出額は、数%しか増えていない。
現地通貨ベースの輸出額や輸出数量は減っている。
日本で生産される最終消費財は、円安で輸出が増えるような状況ではない。
日本の電機メーカーがつくる最終消費財などは、技術的な優位性はほとんどなく、低廉な労働力を利用できる国でつくったほうが、競争力があるに決まっている。
それを見誤った経営者が悪いのであり、いまさら円安で輸出を伸ばして生き延びようなんておかしい。
そもそも好景気のときは、インフレ、高金利になることが多かった。
好景気でインフレや高金利になるのは、インフレも高金利も景気が過熱して急激に経済が悪化することを防ぐ自動制御装置だからだ。
インフレにも、高金利にも景気をよくする機能はない。
無理矢理インフレにして、景気をよくするという考え方はおかしい。
順番が逆だ。
――自民党は国土強靱化計画で、財政支出や公共事業も拡大する方針を打ち出しています。この点についても、強く批判していますね。
公共事業を拡大すると、その恩恵を受けると見られている建設業や農業の労働生産性は下がってしまう。
公共事業を増やして、非効率なことをやらせるからだ。
非効率を生む最大の要因は、1966年に施行された「官公需法」の存在だ。
この法律に基づき、国や地方自治体がモノを購入する際には、一定の比率以上を中小企業から購入しなければいけない。
この比率は以前よりも上昇している。
国や自治体は、まともな施工能力のないような中小企業に発注することもあり、当然、その中小企業は大手に丸投げして手数料だけ確保する。
こうした積み重ねで非効率が生まれ、労働生産性は下がることになる。
もちろん、利用頻度が高く経年劣化したトンネルや橋のメンテナンスは重要だ。
しかし、国土強靱化を口実にして、全国各地に50万人規模の都市を新たにつくるというのは、おかしな話だ。
まっさらなところに新たな都市をつくるよりも、東京、大阪のような利便性の高い生活基盤をすでに備えた都市をもっと生かすべきだ。
市場経済が機能してきた結果、仮に無駄な施設などをつくったとしても、結局は淘汰されて人が本当に必要とする施設が生き残ってきたのだ。それを活用すべきではないか。
■アベノミクスに期待してだまされる、大企業や知識人
――アベノミクスへの期待感から昨年11月以降、約8割も上昇した日経平均株価は、5月22日に1万5627円(終値ベース)の年初来高値を付けてから調整局面に入りましたが、6月13日の1万2445円を底値にこのところ戻り歩調です。今後の株価をどのように予想しますか。
たぶん、年内に日経平均が5月22日の高値を更新するのは、無理だろう。
アベノミクスに期待しているのは、外国人投資家だけだ。
彼らが昨年11月以降、日本株の上昇を支えてきた。
ただ、外国人は上がり始めてから日本株を買っているので、トータルで見れば昨今の調整で損をしているのではないか。
これに対して、国内の個人投資家は賢い。
主体別売買動向を見ると、個人投資家は2012年夏頃から売り越しとなっている。
過去を長いスパンで見ても、国内の個人投資家は株価の動きを読みながら、絶妙な投資行動をとってきた。
たとえば06年には買い越しだったが、株価が調整する直前の07年にはすでに売り越しに転じていた。
最近の各種アンケートによれば、日本人のおよそ8割は、「アベノミクスでインフレになる」と予想している。
ところが、その8割、つまり全体の6割強は「インフレになると困る」と回答している。
つまり、日本人の多くはリフレ政策を支持していないのだ。
アベノミクスに期待して、そしてだまされているのは大企業や知識人だけであり、庶民は決してだまされていないわけだ。
与党は参議院議員選挙(7月21日)に勝利するだろうが、その後はアベノミクスも、本当に日本にとって有益なのか、政策の本質が試されるだろう。
(下に続く。下では、増田氏の中国に対する厳しい見方を中心にお届けします。7月16日以降掲載予定)
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東洋経済online 2013年07月17日
http://toyokeizai.net/articles/-/15556
中国共産党政権は、2~3年以内に崩壊も
異色のエコノミスト・増田悦佐氏に聞く(下)
「
アベノミクスやリフレ政策を批判し続けてきた異色のエコノミスト・増田悦佐氏へのインタビュー後編。
前回は、アベノミクスにダマされるな、デフレこそが日本を救うとの持論を展開したが、今回は世界経済の懸念材料として浮上してきた中国問題について。
同氏はこのほど『中国自壊――賢すぎる支配者の悲劇』(東洋経済新報社)を刊行したが、中国の共産党崩壊の可能性についても言及するなど、大胆予測を行った。
」
――中国のシャドーバンキング(影の銀行)が問題になっています。銀行を介さない金融取引で、残高は数百兆円ともいわれています。理財商品(高利回りの資産運用商品)などを通じて企業や個人から集まった資金が、地方政府などの不動産・インフラ投資や資源投資に流れています。中国政府は規制を強化する方向ですが、この問題をどう見ていますか。
■バブル崩壊で没落するのは富裕層、外資は影響受けず
シャドーバンキングの中核をなす、いわゆる理財商品を大量に買っていた人は、いずれ悲惨なことになるだろう。
しかし、それらを買っていたのは、貧しい庶民ではなく富裕層だ。
バブルが崩壊すれば、資産家や官僚、中国共産党の幹部などは没落するかもしれない。
ただ、国際経済への影響はそれほど大きくない。
中国で活動する企業には、国有企業のほかに民族資本の企業、外資系企業の3つがある。
このうち、国有企業は共産党幹部や官僚などに利権を分配するのが重要な仕事であって、効率は非常に悪い。
シャドーバンキングは、主に中国の地方政府が公共事業を国有企業などに発注したことで生まれてきた仕組みだ。
地方政府の資金調達手段が、シャドーバンキングというわけだ。
したがって、不動産バブル崩壊で投資プロジェクトが行き詰まれば、資金の出し手や国有企業、民族系企業は打撃を受ける。
でも、外資系企業は絡んでいないから影響はほとんど受けない。
中国というのはこわい国で、共産党一党独裁体制の下、全人口の3分の1程度に過ぎない都市戸籍保有者と、残り約3分の2を占める農村戸籍保有者との間で、すさまじい格差が維持されている。
農村戸籍保有者が都市戸籍を取得するのは難しく、彼らの多くは貧困にあえいでいる。
少数の都市戸籍保有者は、共産党独裁体制の恩恵を受けていることも知っている。
彼らは常に少数に保たれている。
なぜなら、都市戸籍保有者が農村戸籍保有者を人数で上回ってしまうと、政治や文化の多様性を求め、「多数決で政権が変わってもいいじゃないか」などと言い出しかねないからだ。
全人口の2~3%に過ぎない共産党幹部や官僚、資産家など一部のエリートは、ものすごい金額の蓄財をしている。
そして、それを支えているのが国有企業だ。
国有企業は、一部のエリートたちに、たっぷりと利権を配分するのが仕事といっていい。
■中国経済はもはや限界、と断言できる理由
――新著『中国自壊』(東洋経済新報社刊)では、中国の資源浪費バブルは、もはや限界に来ており、近いうちに崩壊すると断言されていますね。
世界的にITバブルが崩壊した2000年の後半以降、中国は世界中から金属・エネルギー資源を買いあさり始めた。
リーマンショックが起きた直後の08年末からは、その傾向が加速した。
たとえば、世界の銅消費に占める中国のシェアは約4割もある。
鉄鉱石や石炭でも傾向は同じだ。
中国一国の消費が世界の商品市況を支えているのだ。
しかし、これほど大量の金属・エネルギー資源を買いあさって、いったい何に使うのか。
中国経済の特徴は、恐ろしく投資偏重になっていることだ。
2ケタの経済成長を実現してきたというのに、個人消費にはあまり寄与しない。
金属工業部門を中心とする国有企業に投資が傾斜配分されているのだ。
中国の鉄鋼生産高は、経済的に正当化しようのないほど過剰になっている。
労働者や農民の生活水準をあまり向上させることなく、
壮大な資源浪費と過剰生産、過剰投資によって、表面的に高い成長率を維持してきたのだ。
それを担ってきたのが国有企業であり、そこで生み出された富の多くが一部エリートへの利権として配分されてきたから、外資系企業などに比べて、効率性が大きく劣るわけだ。
■現政権は、今後あっさり内部崩壊する可能性も
人間は経済的に豊かになり、生活水準が上がると、社会的、文化的選択肢の豊かさを求めるようになる。
中国の民衆が豊かになり、「政治的な選択肢も増やしてくれ。一党独裁ではいやだ」などと高望みを始めたら、大変なことになる。
だからこそ、共産党の指導者たちは、壮大な資源の無駄遣いで国民が生み出した富を浪費し、経済成長率の割には労働者や農民の生活水準が上がらない仕組みを、意図的に維持してきたのだ。
だが、この仕組みは明らかに限界に来ている。
これまでは橋などのインフラをつくっては壊し、つくっては壊しでやってきたが、それでも成長率は鈍化し、もはや大量の資源を使い切れなくなりつつある。
中国からの輸出についても、香港を経由した大量の水増しがあったが、それがしぼんできている。
――中国の資源浪費バブルが崩壊すれば、日本にどのような影響を与えますか。
非常に大きなプラスと、細々としたマイナスの両面があると見ている。
まず、中国が資源を浪費できなくなれば、これまで高値に維持されてきた商品市況は大きく下がることになる。
いままで、中国の浪費のせいで高く買わされてきた天然資源を安く買えるようになるのだから、日本経済にとっては大きなプラスだ。
この点からも、アベノミクスで為替を円安に誘導することは、間違っている。
円高だからこそ、世界中から天然資源を安く買えるのではないか。
一方、中国に進出し、中国への依存度が高い日本企業にとっては、マイナスの影響が避けられない。
だが全体としては、マイナスよりプラスのほうが大きいと見ている。
――中国ではこれから2~3年のうちに、共産党独裁を批判する大衆運動が盛り上がり、現政権はあっさり崩壊するのではないか、とも予想されていますね。
中国が現在はまり込んでしまったドロ沼から脱出するには、共産党独裁体制の崩壊が避けられないだろう。
中国の民衆、とくに農村戸籍保有者たちの生活は、あまりにもみじめだ。
国民の多数を占める彼らが、経済がどんなに発展してもわずかなおこぼれしかもらえないような状態を、いつまでも続けられるわけがない。
大衆運動の盛り上がりなど
何かのきっかけさえあれば、現政権は非常にあっさり内部崩壊
する可能性が高い。
内部崩壊の始まりは、
中国共産党中央委員会メンバーが、続々と海外に逃亡することだ。
すでに、その兆候があちこちに見られる。
たとえば、中国共産党高級幹部で、少なくとも家族の一人が海外に生活拠点を持っている人の比率は9割を超え、また、海外への不正送金はこの10年間で莫大な金額に達している。
政権崩壊については、内戦など中国社会の大混乱を招き、「世界中に難民があふれ出す」と言って、諸外国を脅かす共産党幹部もいる。
しかし、そうはならないだろう。
私は、中国文明の三大特徴は、
①.「科挙」および
②.「宦官(かんがん)」
③.「纏足(てんそく)」
というグロテスクな慣習であり、それが大きな弊害をもたらしてきたと思っている。
科挙の制度によって、中国では千年以上、最高の知的水準を誇る頭脳明晰な人間しか高級官僚にはなれない伝統が確立されている。
彼らは全知全能を振り絞って延命策を続けるし、世襲ではないので、自分の代だけですさまじい金額の蓄財に励む。
ただ、反面、先が見えすぎるので、政権が危機に瀕したときには、あっさりと権力を放棄して安全地帯に逃げ込む。
中国の歴史を見ても、宋朝以降、元、明、清と、各政権の末期では、あっさりと崩れ去ってきた。
政権交代によって、実質的に国民一人に一票が与えられる民主的な社会になるだろう。
また、北京語、上海語といった言語圏ごとに独立した国家になるかもしれない。
政権交代によって、労働者の生活は、現状よりよくなるはずだ。
だから、世界中に難民があふれ出すようなことはないと見ている。
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[減速する成長、そして増強される軍備]
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