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JB Press 2013.08.20(火)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38478
現地化が必要なのは分かっているのに実現できない理由
中国市場で見えてきた日本企業の経営課題
今年の上半期、日本の対中直接投資は前年同期に比べ15.1%増という予想外の高い伸びを示した。
昨年の上半期は尖閣問題を巡る大規模な反日デモが起きる前だったが、16.7%の伸びだった。
今年は尖閣問題によって日中関係は過去最悪の状態が続いていることから、直接投資の伸びが昨年に比べて大幅に鈍化するか、または前年の水準を下回るのではないかと考えられていた。
ところが、前年とほぼ同じ伸びに達した。
■過去最悪の日中関係でも日本企業の対中直接投資は堅調だが・・・
数カ月前、あるメガバンクの中国現地法人のトップはこれを予想していた。
「尖閣問題後の逆風下でもほとんどの日本の大企業は中長期の対中投資計画を変更していない。
だから今年の対中投資は昨年を上回ると思う」
と語った。
これを聞き、さすがに驚いた。
その予想を日本で多くの方々に伝えたが、信じた人は少なかったと思う。
いま、上半期のデータが公表され、その言葉が正しかったことが証明された。
しかし、日本企業の中国ビジネスは必ずしも順調に発展しているとは言えない。
一つの問題は二極化である。
尖閣問題発生後、中国関係の報道は圧倒的にネガティブなものが多い。
日本のメディアのみならず、欧米メディアも同様である。
事実かどうか疑わしい情報も多い。
シャドーバンキングに関する報道がその典型例だ。
7月中に中国発のリーマン・ショックが発生するという話を信じた人も結構いたはずである。
ネガティブなバイアスのかかった情報があふれる中で
客観的で的確な中国市場に関する情報を入手できる企業は、現地に有力な人脈を持つ企業に限られている。
中国での事業が軌道に乗っている企業は、社内もしくは取引先等に優秀な中国人がいて、有力な人脈を通じてリライアブルな情報源を確保できている。
しかし、そうした企業はごく一部に過ぎない。
それ以外の多くの企業はメディア報道を鵜呑みにして中国事業の展開に慎重にならざるを得ない。
これによって多くの企業がビジネスチャンスを逃している。
今年の上半期に投資を伸ばした企業は的確な中国情報を入手できる一握りの企業に過ぎない。
こうした情報収集力の違いを背景に業績を伸ばせる企業とそうでない企業の間の格差が拡大し二極化が進んでいる。
もっと多くの日本企業が的確な情報を入手できるようになれば、中国市場でのビジネスチャンスを活かせる企業が増えて、日本の対中直接投資が一段と勢いを増すことは間違いない。
■「勝ち組」企業が直面するもう一つのハードル
二極化の中で勝ち組に属する企業でも、今後さらに大きなチャンスをつかみ、中国ビジネスを飛躍的に発展させるには、もう一つの困難なハードルをクリアしなければならない。
それが現地化である。
つい数年前までほとんどの日本企業にとって中国に進出する主な目的は、安くて豊富な労働力を活用して生産コストを引き下げることにあった。
しかし、2005年以降の大幅な賃上げ、人民元切り上げ、輸出優遇税制の削減等を背景に、中国の生産コストは急速に上昇した。
2010年以降は中国の所得水準の上昇を背景に急拡大する国内市場での販路拡大が日本企業の中国ビジネスの主目的となった。
中国は「つくる」場所から「売る」場所へと大きく変貌したのである。
以前、中国で「つくる」ことが主目的だった時代は事業部ごとの生産管理が中国事業の中心だった。
日本製品は価格が高いため、中国国内にはそれを購入できる人は少なく、販売市場は中国の外にあった。
それが中国で「売る」時代になると様相は一変した。
中国国内で日本の製品を普通に買える購買層が急増した。
このため中国市場はサービス業にとっても魅力的な市場となり、2010年以降、サービス業の進出が急加速した。
かつて日本企業が技術力の向上とともに徐々に欧米市場を開拓していった時代は、何年もの時間をかけて欧米の市場ニーズを研究し、それに合わせた製品を開発し、徐々に販路を拡大していった。
それだけの時間的な余裕があれば日本人でもある程度欧米の市場ニーズを把握し、販売を伸ばすこともできた。
それでも現地法人の幹部には欧米人を登用する企業は多かった。
いま、中国で起きていることはそうした以前の欧米市場での経験とは大きく異なる。
それは中国経済の構造変化が比較にならないほど速いためである。
日本企業は1980年代半ばから徐々に中国に進出を始めた。
2005年頃までの約20年間、中国進出の主な目的は中国で「つくる」ことだった。
それが突然2010年以降、主目的は中国で「売る」ことに変わった。
「つくる」時代の中国拠点は日本人が日本流の生産管理方式を適用して経営することが可能だった。
現地で採用し時間をかけて育成してきた中国人幹部社員は日本人幹部社員の指揮下で「つくる」ための優秀な人材だった。
その優秀な人材の多くが「売る」時代に入った途端、機能しなくなった。
そもそも彼らの上司である日本人が中国市場での販売経験がないため業績を伸ばせない。
外国人が現地人と同じように現地の市場ニーズを的確につかむことは殆ど不可能である。
そしてまた、そうした体制で働いていた中国人幹部社員も中国での売り方が分からないのは当然である。
この問題に本格的に直面し始めたのはわずか3年前である。
まだ多くの日本企業が対応できていないのも無理からぬ話である。
■「売る」時代に対応するための改革には痛みが伴う
しかし、このままでは中国市場での大きなチャンスを活かすことができないのは明らかである。
中国で着々と業績を伸ばしてきた企業は、この問題を克服するため現地化の推進を目指している。
ただ、頭ではその必要性を理解しても実行は非常に難しい。
それは組織内の痛みを伴うからである。
「つくる」時代の中国ビジネスは本社の各事業部が工場別にバラバラに生産管理を行っていても大きな問題は生じなかった。
しかし「売る」時代にそのシステムは通用しない。
中国市場を把握し攻略するには「売る」面で日本人の上に立つ優秀な中国人が必要である。
しかも中国市場の攻略方法は製品分野をまたがって共通している部分も多いため、事業部の枠を越えた横断的な統括が必要である。
つまりこれまでの各事業部別に生産・販売を行っていた体制を改め、域内の全事業部を統括する部門を設立しなければならない。
いわばエリア統括事業部である。その体制下では「売る」プロフェッショナルと「つくる」プロフェッショナルの間のコラボレーションが致命的な重要性を持つ。
「売る」部門が得た顧客ニーズに関する情報をタイムリーに製品開発に活かし、「つくる」部門で短期間のうちに製品化し、「売る」部門の要請に応えていくことが求められる。
これはこれまで事業部制での経営に長年慣れ親しんできた人々にとって、花形の販売権限を見知らぬエリア統括事業部の中国人幹部にもっていかれることを意味する。
それを認めることは各事業部の担当役員以下全員の業績評価に直結する可能性があるため、各事業部は必死に抵抗する。
このため「売る」ための現地化は、必要と分かっていても実現できないケースが非常に多い。
いま、日本企業の多くがこの問題に直面し、苦悩している。
この問題を解決するには社長自らの強力なリーダーシップによって改革を断行するしかない。
ほとんどの事業部からの強い不満と抵抗を覚悟の上で、社内を取りまとめ、現地化を実現できる社長のいる企業だけが中国市場での大きな果実を手に入れることができるのである。
その実現は困難を極める。社長の力量が問われる戦いの舞台の幕はすでに上がっている。
瀬口 清之 Kiyoyuki Seguchi
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
東京大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。政策委員会室企画役、米国ランド研究所の客員フェロー、北京事務所長、国際局企画役を経て、2009年4月から現職。
論文に「教育まちおこし構想 小中学校を核にした地域社会を活性化する」(2002年)、「"Dissolution of Mutual Distrust" Relations among China, Japan, and the United States, since the 1990s」(2005年 ランド研究所内部ペーパー)、「環渤海地域経済開発構想の展望と課題」(2008年)などがある。
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