2013年7月16日火曜日

米国をアジアにとどまらせる危険なバランス:日本は同じ過ちを犯さない

_


JB Press 2013.07.16(火)  Financial Times:By Philip Stephens
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38219

米国をアジアにとどまらせる危険なバランス
(2013年7月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

 アジアには大きな疑問が1つある。
 この問題は、東京や北京、ニューデリー、ソウルで聞かれるし、これらの国々の間に存在する大半の国でも聞かれる。
 バラク・オバマ大統領のいわゆるアジアへのピボット(旋回)は結構だが、
 中長期的に見た場合、米国にはアジアにとどまる力が本当にあるのか
――という疑問だ。

 確実な答えは誰も持っていない。
 だが、それで憶測がやむわけではない。

■超大国・米国の勢力の行方

 確実なことが存在しないなかでは、認識は確かな証拠と同じくらい意味を持つ。
 米国が太平洋に常駐する大国としてどれくらい長く地域にとどまるかという計算によって、この地域のほぼすべての政府の行動が決まってくる。
 今後数十年の米国の勢力の行方がどこよりも活発に議論されているのが北京だ。

 中国は、どれほど早く、どれほど遠くまで勢力を拡大できるか試している。
 日本は、中国を押し返す時に米国政府を頼りにできるかどうか知りたがっている。
 韓国、ベトナム、フィリピンなどは、中国の力と均衡を図るか、中国の勢力に便乗するか決めなければならない。
 インドは長年無視されてきた東アジアとの絆を再発見している。

 そして、事態を複雑にするのは、米国の「とどまる力」に関する問いの答えが季節ごとに変わることだ。

 昨冬、米国は傾く超大国のように見えた。弱い経済、持続不能な債務と財政赤字、そして政治の膠着状態が、米国の回復力に疑問を投げかけていた。
 中国が近く米国を抜いて世界最大の経済大国になるという予想も、疑念を膨らませた。
 米国の政治的決意について言えば、イラクとアフガニスタンに奪われてしまっていた。

 各国政府はこうした状況に応じて行動した。
 筆者は、安倍晋三首相率いる日本政府の高官と、尖閣諸島(中国名・釣魚島)を巡る東シナ海での日中対立について話したことを覚えている。

■東シナ海、南シナ海での中国との対立

 この高官の話では、安倍首相は、南シナ海におけるフィリピンと中国の対立で米国がフィリピンを支持しなかったことを見届けた。
 フィリピン政府は見捨てられたが、日本は同じ過ちを犯さない。
 日本としては、自国の海軍(海上自衛隊)で中国の侵入に反撃する。
 また、安倍首相は、日本の軍事予算に対する憲法上の制約も緩めるという。

 両面作戦を取っているのは、日本だけではない。
 先日、筆者は「ストックホルム・チャイナ・フォーラム」に参加した。
 ジャーマン・マーシャル・ファンドの主催で欧米人と中国人が集まる年次会合だ。

 スウェーデン人の主催者の1人は会議の席上、バルト海に参加者の注意を向けた。
 彼いわく、バルト海では、ベトナム海軍が新しいロシア製潜水艦を試験運航していた。
 ベトナム政府はロシアに潜水艦を6隻発注し、巡航ミサイルも買っている。
 こうした潜水艦は遠からず、南シナ海の海中を潜航するようになる。
 ベトナムもまた中国と紛争を抱えている。

■半年で大きく変わる地政学

 だが、地政学においては、6カ月は長い。
 現在、米国経済は好転しており、成長が戻ってきた。
 強制削減により、政治の膠着状態は、赤字問題に一定の解決策を見いだしたようだ。
 経済情勢が明るくなるにつれ、経済評論家たちは米国が生来持つ大きな優位性を再発見している。
●.有利な地形と人口動態、
●.技術的な優位性、そして
●.シェールオイルとシェールガスの莫大な資源
といったものだ。

 一方、中国の状況は悪化した。
 信用逼迫により、経済成長に関する疑問が生じ、約束されたたやすい台頭はもはや、それほど楽に見えなくなった。
 成長率は今年、目標の7.5%を割り込む可能性が高そうだ。
 これは安心できる成長率ではない。
 習近平国家主席は就任からまだ日が浅いが、突如として、機会よりも多くの課題に見舞われているように見える。

 現実の世界では、そうした循環的な急転換は避けられない。
 米国の末期的衰退を唱えた昨年の予想はそもそも信憑性がなかったし、「中国が世界を支配する」と叫ぶ向きは、歴史は一直線では進まないということを忘れている。
 現在は恐らく、中国の問題に取り組む習主席より、米国の問題に取り組むオバマ大統領の方が楽観的だが、立場はすぐに再び逆転する可能性がある。

 米国の対中政策は、関与し、ヘッジするというものだ。
 避けられない競争が敵対に発展するのを防ぐために中国と関与する一方、自国の力を維持するとともに米国の同盟関係を強化することで、中国の強硬姿勢に対する防衛策を講じるのだ。

 中国の隣国の大半は、同じようなアプローチを取っている。
 各国は、中国との経済的統合と、米国との政治的関係および場合によっては軍事的関係を組み合わせている。
 ベトナムの場合は、ここにロシアから調達した潜水艦も加わる。

 ここに不条理な問題が潜んでいる。
 均衡を図る戦略がうまくいくのは、中国の近隣諸国が、米国が長期にわたり地域に存在し続けることを確信している場合に限られる。
 だが、その一方で、米国政府がその真意について説得力を持てば持つほど、
 日本のような同盟国が中国と対峙する自由裁量を得た
と考える可能性が高まるのだ。

 米国は、安倍首相の強硬な国家主義について、はっきりと神経を尖らせるようになった。
 そして、日本に対する中国の行動は、日本の決意と同じくらい米国の決意を試すよう計算されている。

■誤算が生じやすい危険なバランス

 その結果が、誤算が生じやすい危険なバランスだ。
 米国はあと何十年も常駐の大国であり続ける経済力と軍事力を持っている。
 戦略的利益の観点からして、身を引くことを考えるには利害があまりに大きすぎる。
 だが、中国は軍備を増強しており、そのおかげで自分たちの地域で様々な条件を定められるようになる。
 習主席は実際、米中の2大大国で太平洋を分け合ってはどうかとまで言ってのけた。

 この状況をうまく管理する魔法の方法は存在しない。
 去れば、米国は混乱とそれ以上にひどい事態を招く。
 とどまれば、中国の大きな反感を買う。
 米国のプレゼンスはこうして、危険な必然になった。
 欠くことのできない安定の源だが、恐らくは対立の源でもあるのだ。

 欧州の人たちは、この状況がどこに行き着く可能性があるか、よく知っている。
 英国はかつて、台頭するドイツに対する海外の対抗勢力の役割を果たした。
 来年は、その結果生じた膠着状態が崩れ、1914~18年の戦争の大虐殺に転じてから100周年を迎える。
 これは明らかに不安を抱かせる前例だ。

By Philip Stephens
© The Financial Times Limited 2013. All Rights Reserved. Please do not cut and
paste FT articles and redistribute by email or post to the web.




減速する成長、そして増強される軍備


_