2013年9月5日木曜日

中国大手銀行を待ち受ける現実:金融サービスに参入するインターネット企業



●図1


JB Press 2013.09.05(木)  The Economist
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/38620

中国の大手銀行:行く手に待ち受ける厳しい現実
(英エコノミスト誌 2013年8月31日号)

 世界最大の金融機関の一角を占める中国大手銀行4行は、おぞましい現実と向き合わなければならない。

 「中国の銀行は本当の銀行ではない」。
 先ごろ中国の中信証券(CITICセキュリティーズ)に買収された証券会社CLSAのアンディー・ロスマン氏はこう話す。
 中国最大の金融機関は政府の支配下に置かれているため、
 実質的に財務部の出先機関になっている。

 これらの金融機関は競争から身を守ってくれる規則に甘やかされ、好況時に巨額の利益を上げる。
 銀行の利益は昨年、中国の国内総生産(GDP)比で3%近くに相当していたが、米国の銀行がここ数十年間で達成した最も高いGDP比はわずか1%だった(2006年)。
 不況期には、1990年代に不良債権が急増した時と同じように、国が後ろ盾になって問題を片づけてくれる。

 だが、中国銀行界の「ビッグフォー」を世界ランキングのトップに押し上げた有利な条件は、崩壊しつつある。
 これらの銀行は今は高収益を上げているが、近く新たな不良債権の波に襲われるだろう。
 中国経済のリバランス(再調整)が進むにつれ、国は家計や民間企業を犠牲にして国有企業に信用をつぎ込むのを控えるようになる。

 ロスマン氏の言葉は、永遠には当てはまらない。
 中国の大手銀行は、徐々に本当の銀行になりつつある。

■規模では世界トップに入る中国大手銀行

 この状況は中国国内だけでなく中国国外でも大きな意味を持つ。
 何しろ中国最大手クラスの銀行は世界の銀行業界の巨人だ(上図参照)。

 昨年500億ドル近い税引き前利益を計上した中国工商銀行(ICBC)は最近、業界誌ザ・バンカーによって、中核資本の規模に基づく世界最大の銀行として名前を挙げられた。

 ICBCの中核的自己資本(Tier1)は2000年にはわずか220億ドルだった。
 それが昨年末には1610億ドルまで急増し、JPモルガン・チェースとバンク・オブ・アメリカを抜いている。

 残る中国大手銀行3行もトップ10入りを果たしている。
 中国建設銀行(CCB)、中国銀行(BOC)、中国農業銀行(ABC)の3行だ。

 これらの金融機関の規模には目を見張るものがある。
 ICBCとABCには、それぞれ40万人を超える従業員がいる。
 40万人と言えば、世界最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)の従業員数にほぼ匹敵する規模だ。
 ICBCの法人顧客数は400万社を超えている。CCBには約1万4000店の支店がある。

 4大銀行は1980年代に中央銀行である中国人民銀行の組織から誕生した
 ――ただしBOCの前身の歴史は清王朝までさかのぼる。
 これらの銀行は、表面上は民間商業銀行のように運営されることになっていた。
 4行すべてが香港証券取引所と上海証券取引所に株式を上場している。

 だが、国は4大銀行および第5位の交通銀行の過半数の株式を維持した。
 4大銀行の経営に当たっているのは共産党の序列上位の党幹部で、経営幹部らは銀行と規制機関との間を簡単に行き来する。

 CCBの董事長、王洪章氏は、以前は人民銀行の副総裁であり、同行の規律検査委員会書記を務めていた。
 BOCの元董事長、肖鋼氏は現在、株式市場を監督する中国証券監督管理委員会(CSRC)のトップを務めている。

 こうした近親相姦的なつながりは、中国の経済政策において4大銀行が特別な役割を果たしていることを示す証拠だ。
 有り体に言えば、これらの銀行は金融抑圧の主要な手段になっている。
 政府が預金金利に上限を設定しているため、大手銀行はひいきにしている国有企業や政府の他部門に融資できる割安な資金源を持つ。

■4大銀行の特別な役割とそのツケ


● ICBC、CCB、ABCは昨年、世界中のどの銀行よりも多くの純受取利息を計上した(図2参照)。

 だが、こうした上辺の数字は、数多くの罪を覆い隠している。
 中国が2009年に国内の最大手銀行を使って景気刺激策を実施したことで、不透明な会計、簿外取引、危うい融資の遺産が後に残った。

 不良債権に関する公式統計は、不良債権の水準は銀行資産のわずか1%だとしているが、誰もそんな数字は信じない。

 8月末に発表された最大手銀行の四半期決算は、引当金の増加がほとんどない状態で利益が出ていることを示していた。
 だが、投資銀行モルガン・スタンレーは、
 不良債権に関するより現実的な数字は、すべての銀行で10%、最大手銀行で6~8%ではないかと考えている。

 過剰生産能力を抱えた多くの産業では、状況はもっとひどい。
 例えば、製造業向けの融資は、景気が悪化した場合、全体の17%が不良債権になる可能性があるとモルガン・スタンレーは言う。

 大手銀行は以前にも同じ経験をした。
 1990年代には、4大銀行の資本を増強し、不良債権を資産管理会社に移すために、複雑な救済策が編み出された。
 もう1度同じような状況が生じた場合、中国の大手銀行が破綻するのを認められるとは思えない。
 それでも、これらの銀行の市場シェアは、間違いなく脅威にさらされている。

 特に3つの変化が、大手銀行の立場を弱くしている。

①.1つ目の変化は、民間部門の「バンブーキャピタリスト」の力強さと好対照を成す国有企業の低迷だ。
 シンクタンク、ピーターソン国際経済研究所のニコラス・ラーディー氏の試算では、国有企業は過去10年間で非常に多くの価値を損なったため、これらの企業は全体としてマイナスの実質使用資本利益率(ROCE)を生み出しているという。
 だが、大部分の雇用と多くの経済成長を生み出している民間企業は、大幅なプラスのリターンを上げている。

 景気減速を受け、中国の指導者たちは、資源がこのような形で浪費されるべきではないと判断しており、最近の公式の声明は、肥大化した国営産業への投資を削減すると言明している。
 そのため、中国の大手銀行はビジネスのやり方を変えなければならない。
 もっとも、破綻が許されないと思われる大企業に融資を続ける誘惑に駆られるだろうが。

 政策立案者たちは、シャドーバンキング(影の銀行)部門の拡大についても懸念している。
 貯蓄家たちは銀行預金でほとんどリターンを得られないため、不動産から婉曲的に「理財商品」として知られる影の投資商品――その中にはねずみ講同然のものもある――まで、よりリスクの高い選択肢を探している。

 格付け機関フィッチ・レーティングスのシャーリーン・チュー氏は、シャドーバンキングは金融仲介機能を一握りの大手銀行から何万社にも上る金融会社、リース会社、保証会社その他のより規制の少ない非公式な組織にシフトさせていると指摘。その結果、金融データが曖昧で信頼性の乏しいものになっていると言う。

■預金金利の上限撤廃があれば革命的

②.中国の指導部が預金金利の上限を撤廃することがあれば、
 それは銀行業界における革命を意味する。

 短期的には「ほとんどすべての銀行の利益が減少するだろう」と中欧国際工商学院のオリバー・ルイ氏は言う。
 だが、長期的には、その結果生じる競争がより良い銀行を健全な利ザヤを得られる状態に戻すと考えている。

 ケンブリッジ大学ジャッジビジネススクールのピーター・ウィリアムソン教授は、預金金利の上限が撤廃されれば、大手銀行がシャドーバンキング部門からの市場シェア奪還に動くかもしれないと考えている。

 近いうちに銀行に取引可能な譲渡性預金証書の発行を認めるという決定は、銀行に預金金利の上限撤廃の準備をさせることに向けた措置に見える。
 だが、この策も、銀行を短期的な資金調達リスクにさらすことになるだろう。

③.変化をもたらす3つ目の力は、中国で長く待ち望まれた投資主導型経済から国内消費主導型経済への転換だ。

 過去2年間、実質ベースの消費は総固定資本形成よりも多く経済成長に貢献してきた。国内の中産階級向けのサービスは、輸出志向の製造業よりも力強く成長している。
 この傾向が加速すれば、銀行は中小企業と中産階級の消費者向けの融資を増やすようになるだろう。

■変化の風

 実際そうなれば、これまで顧客サービスや信用度にほとんど注意を向けなかった銀行の企業文化の変化を迫るだろう。

 コンサルティング会社マッキンゼーのジョセフ・ンガイ氏は、
 「融資はもはや(金融機関が国有企業に強引に信用を押し付ける)売り手市場ではなくなる」
と主張する。
 マッキンゼーは、2006年に合計で融資全体のわずか22%しか占めていなかった中小企業と家計向け融資が2021年には融資全体の57%(金額ベース)まで急増すると予想している。

 こうした傾向をすべて考え合わせると、四大銀行にとって将来の見通しは決してバラ色ではない。

 中国の温家宝前首相は昨年、4大銀行は
 「あまりにも簡単に利益を上げすぎている・・・こうした銀行の独占を打破しなければならない」
と宣言した。
 最近の人民銀行の声明は、銀行業界で「民間資本」を増やすことについて語っている。
 銀行業界の主要な規制機関である中国銀行業監督管理委員会は8月9日、民間資本の参入を促すよう作られた銀行免許に関する規則草案を明らかにした。

 競争は、すでに4大銀行の独占を弱めている。
 民間商業銀行(JSCB)として知られる比較的小さな銀行は、政府と民間部門の両方から資金を調達して、1980年代後半から1990年代初めに設立された。

 中国民生銀行や招商銀行のようなJSCBの野心的な成長は、銀行業界の資産に占める4大銀行の割合が2010年にはすでに50%以下まで縮小していたことを意味している。
 中小企業や家計の資金需要が増加するにつれ、JSCBがこの分野で培ってきた長年の経験がさらに大きな価値を持つようになる。

 競争は思わぬ方面からも現れている。
 中国の2大インターネット企業、アリババ(阿里巴巴)とテンセント(騰訊)は、精力的に金融サービスに進出している。
 テンセントは、ファンドマネジャーにオンライン決済サービスを、そして「WeChat(微信)」(3億人を超えるユーザーを持つ人気のソーシャルメディアアプリ)のユーザーに資産管理サービスを提供している。

 アリババのオンライン決済会社「アリペイ(支付宝)」は、電子商取引の顧客に電子マネーの残高を高利のファンドに転用する簡単な方法を提供する「余額宝」と呼ばれるサービスを導入している。
 このサービスはわずか数カ月で、10億ドルを超える投資資金を集めた。

 これらの企業やもっと小さな新興企業はごくわずかな市場シェアしか持っていないが、
 「中国の銀行の総経理は今、この脅威についてしか話したがらない」
と金融業界の専門家は言う。
 中国の金融業界誌「財新」は、
 「いくつかの大手銀行は、アリババによる自分たちの領域への侵略だと見なすものと戦うために『アリバッシンググループ』を組織している」
と報じている。

■ビッグデータがビッグフォーを脅かす?

 大手銀行が心配するのは当然だ。
 1つの理由は、投資家が実際に、
 金融サービスに参入するインターネット企業が提供する商品とサービスを気に入っていることだ。
 さらに、お高くとまっている中国の銀行家と違って、こうした革新者たちは、オンラインの購入習慣や消費者の信用度に関する大量の独自データをすでに持っている。
 ビッグフォーは今後さらにビッグデータに混乱させられるかもしれない。

 不良債権が増加し、競争が熾烈になるなか、中国の最大手銀行にはこの先さらに困難な時代が待ち受けている。

 格付け機関ムーディーズが一部出資する調査会社チャイナスコープ・フィナンシャルは、減少するネットの預貸利ざやが中国の銀行にどのような影響を与えるか分析している。
 同社は、今後2年間に銀行業界の自己資本比率を現在の水準に維持するだけで、500億~1000億ドルの資本注入が必要になると試算している。

 4大銀行の経営陣はこのことを自覚しており、今後2年間で400億ドル余りの新たな資本を調達するための承認を取締役会から取り付けている。
 だが、シンクタンク、ファン・グローバル・インスティテュートのアンドリュー・シェン氏は、銀行業界はその後さらに多くの資本を調達する必要が出てくると考えている。
 その額は今後5年間で最大3000億ドルに上るという。

 大手銀行がこの挑戦を受けて立てば、その後は透明性が高まり、競争が活発化するだろう。
 そうなれば、中国にとって朗報であるだけではない。
 かつて視野が狭かった大手銀行は、顧客の後を追いかけて海外に進出している。
 BOCの資産の4分の1近くは、今海外にある。ICBCの海外資産は、昨年約30%増加した。
 これは同行全体の成長率の2倍を超える。彼らは、海外の銀行にも投資し始めている。

 中国の最大手銀行は、すでに規模では世界の第一人者だ。
 やがては世界に通用する銀行になるかもしれない。

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英エコノミスト誌の記事は、JBプレスがライセンス契約 に基づき翻訳したものです。
英語の原文記事はwww.economist.comで読むことができます。

 



減速する成長、そして増強される軍備


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